マダニからうつる病原菌、アナプラズマについて

ブログの第1回目として、私(院長の福井)が研究していたアナプラズマという病原菌についてご紹介したいと思います(内容がかなり専門的で申し訳ありません)。

アナプラズマは血液細胞に寄生するリケッチアと呼ばれる細菌の一種で、その中の1つ、Anaplasma phagocytophilumは犬の好中球の細胞質内に寄生します。マダニの吸血によって感染し、症状は元気食欲の低下に加えて発熱と血小板減少症を引き起こします。

この感染症は欧米を中心に、犬以外にもヒトや牛、馬、猫にも感染する感染症として認知されていますが、日本ではこれまで発生がありませんでした。10年ほど前に、同じくマダニから感染するリケッチアである日本紅斑熱という病気に感染した疑いのヒトの患者さんからA. phagocytophilumの感染が確認されて、日本にもこの病気があることが確認されました。

2014年4月に3歳の女の子のシーズーさんが当院に元気食欲の低下を主訴に来院しました。40.3℃の発熱と好中球減少、血小板減少、肝酵素とCRPの上昇を認め、問診にて体調悪化の10日前に茨城県つくば市内の公園を散歩中にマダニに刺されていたことがわかったので、抗体検査と遺伝子検査を実施したところ、いずれもA. phagocytophilumが陽性でした。そこでこの感染症の第1選択薬であるドキシサイクリンを投与したところ速やかに血小板数は正常に復し、PCRも陰転しました。これが日本で初めて確認された犬のアナプラズマ感染症の患者さんでした。

この内容を翌年の学会で発表して論文にまとめました。

発表や論文にまとめるにあたってこの感染症について北海道のウシやシカ、マダニで研究をされていた帯広畜産大学(当時、現東京大学教授)の猪熊壽先生に相談したことがきっかけで、茨城県の犬とマダニの疫学調査をすることになり、私は当院で診療しながら、帯広畜産大学を含む国立4大学の獣医学科で構成する岐阜大学連合大学院の博士課程に進学することになりました。

調査の結果、現在までに茨城県つくば市と守谷市で計7例のA. phagocytophilumの症例犬を遺伝子検査にて確定診断しました。さらにA. phagocytophilum遺伝子の詳細な解析を実施することもできて、茨城県内で発生したA. phagocytophilumは中国・韓国のヒトや犬に感染するものに極めて近縁であることが判明しました。保存していた血液サンプルを観察したところ好中球細胞質内に菌体の集合体である桑実胚が出現しているのも確認できました。

それでは次に、茨城県内ではA. phagocytophilumはどの程度の犬が感染しているのか?という疑問が生じました。海外では大多数の犬はA. phagocytophilumに感染しても症状を示さずに自然治癒することが報告されています。そこでA. phagocytophilum感染症例を発見したつくば市の当院とさくま動物病院、守谷市のおおかわ動物病院の3病院に加えて、土浦市のたのうえ動物病院、下妻市の稲川動物病院、古河市の堀江動物病院にもご協力いただいて、2016〜17年に来院した、主にマダニ寄生歴がある犬の血液を用いて疫学調査を行いました。その結果、以前に実施された全国調査よりも高いA. phagocytophilum抗体陽性率(2.5%)を認め、さらに遺伝子検査ではA. phagocytophilumの不顕性感染例も1例確認されました。

さらに、茨城県内でA. phagocytophilumを媒介しているマダニが何なのか?という疑問も生じました。A. phagocytophilum感染例が見つかったつくば市と守谷市でマダニを採取してA. phagocytophilum遺伝子保有状況を調査したところ、守谷市で採取されたフタトゲチマダニから感染犬から得られたA. phagocytophilumとほぼ同一の遺伝子配列が得られました。このことから茨城県でA. phagocytophilumを媒介するマダニはフタトゲチマダニである可能性が示唆されました。

なおフタトゲチマダニは昨今西日本を中心に流行しているSFTSを媒介するマダニですので、フタトゲチマダニ寄生の後から発熱と血小板減少症を呈した犬については、A. phagocytophilumだけでなくSFTSについても鑑別診断に加える必要があります。SFTSは犬だけでなく猫やヒトも感染して、致死率の高いウイルス感染症です。茨城県では現在のところまだ患者は確認されていませんが、静岡県ではSFTSで犬が亡くなった事例が今年報告されているので注意が必要です。

私はこれらの研究結果を博士論文にまとめて、新型コロナウイルスが猛威を振るう前の2020年3月に博士課程を修了することができました。

ひとまずこれで私のアナプラズマについての研究は終わりましたが、茨城県のつくば市~守谷市にかけて県南地域にはアナプラズマという感染症が常在していることが判明しました。お散歩中にマダニに刺されるとアナプラズマに感染する危険がありますので、マダニ予防はしっかりしましょう。現在は月1回の服薬でマダニが予防できるいいお薬がありますので、毎月の予防を必ずお願いいたします。